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落合のダッチワイフのブログ

新卒二ヶ月で銀行辞めた男の無理矢理な切り口で展開する独り言。

おっぱいを掴めない男

おっぱいについて考えてみた。

おっぱいを掴む機会は中々ない。
おっぱいを掴む勇気も出ない。

世の中には、
「おっぱいを掴んでいる男」と
「おっぱいを掴めない男」
の二つしかない。

この2タイプの男の 違いは何だろうか。
それはおっぱいへの固執度ではないだろうか。

よく女の子は「追われるより、追いたい」とかいう。
「追うより、追われたい」女の子より、いささか頭が悪く、そのため貞操観念が緩く(偏見です)
おっぱいをよく掴まれている事が多いのではないかと思う。

「追われるより、追いたい」女の子はおっぱいを「掴まれるより、掴まれにいきたい」派
であることは、間違いないであろう。

そんな時、恒常的に「おっぱいを掴んでいる男」は焦らない。
決して焦らない。獲物をじっくりと眺め、焦らない。早々に掴まない。
何故なら、彼らはおっぱいをいつでも、掴めるからである。
「掴まれるより、掴まれにいきたい」派の女の子は、掴まれない事が
いじらしくなり、また「おっぱいを掴んでいる男」を求めるのである。

また、求めても、男は掴まない。その次も掴まない。またその次も。
「おっぱいを掴んでいる男」はもしかしたら、「おっぱいを掴んでいない男」より
おっぱいを見たことがないのかもしれない、と言っても過言ではないはずだ。
それくらい、彼らは焦らず、ただただおっぱいを掴まないのである。

対して、「おっぱいを掴めない男」はどうだろう。
久々に、目の前に広がる、禁断の果実。
速攻掴みにいくであろう。
問題はその後である。
普段から、「おっぱいを掴めない男」はおっぱいを掴んだ途端。ある感情に襲われるのである。

「このおっぱいを離したら次いつ俺は、掴めるのか。。。」

おっぱいに対して、余裕がないのである。
普段おっぱいを掴めない我々にとって、久々おっぱいを話すことが出来ないのである。

「掴まれるより、掴まれにいきたい」派の女子はヘキヘキとするであろう。


「おっぱいを掴むには、おっぱいを掴まない事」が一番の近道なのである。

 

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