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「継続」と「鈍感」(何故無垢な新卒が、次第に嫌な上司になってしまうのか)

圏外

僕は、苦手としている人ほど無視できないことがある。

相手の土俵にわざわざ入り込み戦いたくなるのだ。

例えばTLで「この人言ってること違うなあ」と感じるツイートを発見したら、そのツイートに対してツイートしたくなる(なるだけで実際はしない)。

この行為はわざわざ相手の土俵に入り込んで相撲を取るということになる。

 

ツイッターに限らず、職場での人付き合いでも、

「この人気にくわないなあ」と思ったら、直接何か言うわけではないが

自分の中でずっとイライラしたりする。これは僕だけではないと思う。

このずっと他人にイライラしているのは、非常にエネルギーが奪われることが最近よく分かった。

なので、4月は何でも「許す」「肯定する」ことを徹底することにした。

 

腹たつことがあっても「こうゆう考えの人もいるしな」「人は人だ」

と思うことにした。

1ヶ月実践したのだが、確かに苛立つことはなくなったし、

何でも許せるようになってきた。

何でも受け入れてしまう方が、イライラするより実際は「楽」であることが分かった。

なぜ「楽」なのかというと、自分が「鈍感な奴」でいればいいだけだからだ。

気の知れた友人以外(職場の人、特定の環境でしか付き合いがない人)とコミュニケーションを上手く取るためには、一種の「鈍感」さが必要なのではないだろうか。

 

メイプル超合金カズレーザーさんはインタビューで、

「人の言葉の裏を取らないようにしている」と言っていた。

これは相手の発言の真意に触れようとせず、自分のアンテナをほぼ「圏外」

にすることで「楽」な方法をとるということだ。

 

継続

継続するために鈍くなるのは、コミュニケーション以外でも見られる。

僕がサラリーマンだった頃、先輩は

「土日は、月曜日から金曜日最高のパフォーマンスをするためにある」

と言っていた。

僕はこの言葉を聞いて、速攻辞めた。辞めた自分はまともじゃないと思っていた。

でもまともじゃないのは、サラリーマン達の方ではないかと最近思う。

 

冷静に考えて

「土日は、月曜日から金曜日最高のパフォーマンスをするためにある」

なんて頭がイカれているとしか思えない。

そもそも毎日週5+残業なんて、人間のキャパをとうに超えてしまっている。

 

なぜ仕事は人間の「キャパシティ」を超えてしまったのか

原始人も「労働」はしていた。皆まともだったと思う。

ただその中で一人「まともじゃない原始人」がいた。

その「まともじゃない原始人」はとても卑しい奴だ。

村の原始人達はしばしば「狩り=労働」に出た。

イノシシを捕獲し、食事を待つ村の人々の元に帰り、イノシシをさばく。

さばいたイノシシを調理し、木で出来たテーブルの上に乱雑にばら撒き、

村人たちがそこに群がり食う。それが彼らの日常だった。

 

いつも通りイノシシをさばき、乱雑にテーブルの上にばら撒こうとした時

卑しい原始人が言った

「ちょっと待てお前ら!!!これ綺麗に盛り付けた方がうまそうじゃね?」

そして卑しい原始人は、さばいたイノシシを綺麗に盛り付け、最後にはイノシシの鼻をテーブルの端に添えるようなことまでした。

仲間の原始人達は無意味だと思ったが、実際は違った。

村の女達は「おお!!なんかいつもよりバカ美味そう!!!」

村長(社長)も「盛り付けって変わるな。」と言った。

それからは、「まともな原始人達」も盛り付けることに納得はしていない(意味が分かっていない)が、村長からの評価を得るために「盛り付け」をするようになった。

いつもの工程作業に、さらに一つの作業がプラスされたのだ。

その後原始人達は、「村長に認められたい!!」「あいつに負けたくない!!」という思いで、イノシシの骨からフォークみたいなものを作ったり、

中には、イノシシの皮を前掛けにして村長に贈呈するものもいた。

気に入った村長は、フォーク作りや前掛け作りを「習慣化」する。

労働が増えていく。

まともだった原始人は、狩りの帰り道、

売店で、エメラルドマントヒヒ(働く原始人の中では、「エメマン」と言われていた)の血が入った170グラムの飲み物を飲んでいた。

一人のまともだった原始人が言った

「今日も残業か」

 

これが現代まで続き、労働が今こうしている間にもなお、膨らみ続けていると僕は勝手に思っている。

 

継続part.2

話は戻る。原始人をいつまでも憎んでも仕方がない。

普通会社に入ったら、なかなか辞めるという決断には至れないと思う。

(これは会社を辞めた僕が凄いだろ〜とかそうゆうことじゃない。先のことを何も考えていないだけだ。そのおかげで、現在はコンビニ店員、部屋にテレビも電子レンジもない。納得はしてるからいいけど。)

 

中々辞めれない状況の中で、適応するには自分が鈍くなるしかない。

新卒1年目がきついと言われるのは、「まとも」だからなのではないか。

慣れてくるというのは、自分の中のアンテナの電波を1本ずつ減らしてい

ということなのではないだろうか。

 

なぜクソみたいな上司が生まれてしまうのか

「クソみたいな上司」は、最初から「クソみたいな新卒」だったとは僕には思えない。

麻痺をしないと継続できない「労働」に触れる前だからだ。会社に入るまで現代の大学生と変わらず、楽しいキャンパスをライフを送る無垢な少年、少女だったはずだ。

 

敵意と親近感は表裏一体らしい。

人間には「反動形成」というものがあり、受け入れ難い感情に対して、その反対の感情を意識的に支持することによって無意識の防衛をおこなう。

「反動形成」が如実に出た事件がある。ストックホルムで起きた銀行強盗事件では、数人の銀行員が人質として6日間銀行の金庫に監禁された、犠牲者たちが次第に犯人の協力者として、外部からの救助を拒絶する振る舞いをしはじめたのだ。事態が収まったとき、犠牲者は犯人をかばったらしい。

 

同じことが会社でも言える気がした。

数人の新卒が人質として定年退職まで会社に監禁された、新卒たちが次第に会社の協力者として、外部からの救助(友人からの、会社やめたほうがいいんじゃね?)を拒絶する振る舞いをしはじめたのだ。

「無垢な新卒」がいつの間にか、新卒の頃嫌がっていた「濁ったベテラン」みたいになってしまうのは、

自分を守るために(働き続けるために)、自分を脅かす会社の考えたをなぞったり、属性を装ったり、攻撃性を真似たりすることによって、脅かされる側から、脅かす側にいつの日か変わってしまうからではないだろうか。

 

っていう考えが生まれてしまったせいで、僕は全員がモンスターにも見えたし

自分もそうなることが容易に想像できた。

1番きつかったのが、食堂でご飯を食べる時。

モンスター達が「さらに働くため」という同一の目的で

同じようなご飯を、同じ時間に食べているのが気持ち悪かった。

皆、原始人が作った、箸やフォークでイノシシを食べているように思えた。

 

まとめ

今回、僕がここに書いたことはかなり極端だし、

アンテナバリ3のまま働いている人(よりしんどい)も多くいると思う。

そうゆう人が、皆が良い上司と感じる人だし、大金を掴んでいるのかもしれない。

鈍感になるというのは、決して悪いことではないと思う。

バリ3にできたり、圏外にできたり、自ら使い分けができるのが良いのではないかと思う。

鈍感な人間はしばしば人を傷つける。敏感な人間は、他人の感情がわかるので

他人に対して「率直」さに欠ける。

鈍感でいるときも、自分に対しては常に率直かつ、敏感でありたいと思った。