休みの日にも職場に行ってしまうのは病気ですか?

本日はお休み。

だが今すぐにでもバイト先のコンビニに行ってしまいそうだ。

と言うのも、最近休みが怖くて怖くて仕方がない。

僕が休んでいる間に、店で何かしらの問題が起きていないか、とんでもないミスが起きているのではないかと、思考を巡らせている内に1日があっという間に終わってしまう。

 

職場で金庫を閉めた後そのまま鍵をポケットに入れて持ち帰ってしまい、店の開店時間を大幅に送らせてしまいそうになったり、清掃のためアイスが入っている冷蔵庫の電源を切ったものの付け忘れてしまい7万の損失を生んだり、飲み物の発注を忘れて客の喉を枯渇させたり、ミスが絶えない。

しかもそのミスの原因が全て「うっかり」である。「うっかり」というのは意識の外からくるものだから、どうしようもないのだ。

 

でも最近はそういったミスを全くしなくなった。

それは何故かというと、先に自分が起こしてしまいそうな「うっかり」をあらかじめ想定することで、事前にうっかりミスを防いでいるからである。

これがどうゆうことかと言うと、自分を全く信頼しないという事である。

そうなってくると過度な「かもしれない運転」が始まる。

 

だが僕はうっかりさんなので、うっかり「自分のミスを想定して動く」という行為をうっかり忘れてしまう。

そうなると、すでに結果(ミス)が出てしまっているものの、記憶の中で「かもしれない運転」をしなくてはいけない。仮に店の鍵を閉め忘れている事を思い出しても、皆が出勤する前に急いで店に行って鍵を閉めれば良いからだ。

金庫の鍵を持ち帰ってしまうような初歩的なミスをする僕は、「店の鍵閉めてないかもしれない?」から始まる。だが日常的に繰り返している行為に関しては無意識レベルで行動を起こしているので、鍵を閉めた記憶などない。

普通は「ま、閉めたか大丈夫だろ。」となる所を「大丈夫ではなかった」結果を残し続け自分への信頼感が0な僕は「大丈夫ではないかもしれない」と思わなくてはならない。そうすることで事前にミスを防ぐのだ。

何度も記憶に裏切られた経験を活かさない奴は阿呆だ。

 

頭の中で記憶を探れば探るほど、店の鍵を閉めた賢い僕の映像と店の鍵を閉めずにそのまま飛び出てて行った阿呆な僕の映像が交差する。

もう訳が分からない。

カッターの刃をしまったけ?、レジからお金片付けたっけ?ちゃんと発注したっけ?パソコン消したっけ?

 

僕は朝5時に家を出て、バイト先にこっそり行き、閉まっている鍵を開け

すでに刃がしまってあるカッター、お金が入っていないレジ、ちゃんと発注されてある経歴を指差し確認し、満足し、家に帰るのだ。

帰宅途中、店の鍵を閉めたか気になってくる。

僕はうっかり店の鍵を閉める時「店の鍵を閉める」という行為を意識する事を忘れてしまったのだ。もう自分が鍵を閉めたかどうか覚えていないので、また店に戻る。

何度も店の扉を開こうとガシャンガシャン開かない扉を開こうとする。

自分を信頼せず、起きてしまっているであろうミスへ信頼を寄せる事で、

鍵を閉まっている事を目の前で確認しても、本当に鍵が閉まっているかどうかが分からなくなってしまっているらしい。

これは完全に何かしらの初期症状か、末期症状でもある気がした僕は

知人に相談した。知人は全て写真を撮れば良いと言ってくれた。

早速ナイスなアイデアを取り入れさせてもらった。これがかなりヤバかった。

店の鍵を閉めた「記憶」があるのにも関わらず、店の鍵が閉まっている証拠写真つまり「事実」抑え忘れてしまった時には、もう朝の5時に店に向かっているからだ。

 

昨日社員さんに、「休みの日にはもう来ちゃダメ!」と言われてしまった。

休みの日にバイト先に行く事が「ミス」だと確定したので、もう休みの日にはバイト先に行ってはいけない。

今日はとってもいい休日になりそうだ。