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女の子に言われた忘れられない一言。

ふと昨日思い出したことがある。

高校の頃のこと。

 

自転車を漕ぎながらの帰り道、隣のクラスの女の子と偶然遭遇した。

その女の子とは話したことがあまりなく、面識がある程度だった。

遭遇してしまったからと言って逃げる訳にもいかず、

流れで家まで送ることになった。

 

その後、帰り道が同じになるたび、家まで送ることになった。

女の子の家は僕の自宅からも、学校からもとても遠かった。

それは別に問題ではなかったのだが、一番の悩みの種は

その距離を埋めるための会話の尺がないということだった。

 

二人の共通の話題は、「学校で嫌われている先生」のことだった。僕もその子も、その先生が苦手だった。僕もその子もと言うか、クラス全員が嫌っていた。

何気ない会話が終了してしまうのは、決まって彼女の家まで残り半分くらいのところにある、長めに待たされる横断歩道である。

自転車を漕いでいると、適当な言葉が出るのに、長めに待たされる横断歩道の前では

脳にブレーキがかかり、言葉が全く出なくなってしまう。

 

そこで毎回していたのが、「学校で嫌われている先生」の話題である。

最初はその子も、「わかる。〇〇先生のそこが私も嫌い!!」

等の相槌を打ってくれていた。

人の嫌なところを見つけるのが大の得意である僕は、彼女のリアクションも良いし、

話も続くし、内心ほっとしていた。

 

それから一緒に帰ることが多くなり、僕が憂鬱になってきた頃、

またいつも通り、横断歩道辺りで何気ない会話に限界がきたので、

先生の悪口を言うことにした。

 

もうこの頃には、先生の嫌いなところが、これ以上ないというところまで僕は悪口を言っていた。先生のあらゆる面を掘りすぎて、良いところを見つけてしまいそうなくらいに。

彼女を家まで送り、自宅まで帰る道で、もうこの先生をこれ以上嫌いになれないかもしれない。そうなったら、もう彼女との会話は続かないなと不安になっていた。

 

僕は無理矢理、彼女との会話を継続するためだけに

もうこれ以上掘っても出てこないはずの、悪口を言い続けた。

「〇〇先生のご飯食べてる姿なんかムカつかない?」

「立ち姿がもうないよね」

「数学顔なのに国語教えるなよって感じだよね」

誰がどう見ても限界だし、僕も限界だとわかっていた。

先生の悪口を言うたびに僕は自分に

「別によくね?」と相槌を打っていた。

 

彼女の相槌はもっと辛辣だった。

 

「私、、、人の悪口言う人苦手なの。」

 

と言った。

僕は「え??」と思った。

(いや、これはその、会話を続かせるために、俺なりに、俺も本当はその先生のことそんな嫌いなわけじゃ、)等の言い訳が一気に頭を駆け巡ったけど

それを説明するには、彼女の家がもっと遠くにある必要があったので

僕は

「ごめん」

とだけ言った。

それから彼女の家までの道のりの記憶はない。

「え?」で頭が一杯になってしまったからだ。

 

それ以降僕は、帰る時間をずらして

二度と帰り道が同じにならないようにした。

 

「私、、、人の悪口言う人苦手なの。」

って言われた瞬間の、景色とか、匂いとか、その時の感情が鮮明に

記憶に残っている。

それほど、自分にとって衝撃的なことだったのかもしれない。

 

たまに思い出してはブルーになる話でした。

 

「継続」と「鈍感」(何故無垢な新卒が、次第に嫌な上司になってしまうのか)

圏外

僕は、苦手としている人ほど無視できないことがある。

相手の土俵にわざわざ入り込み戦いたくなるのだ。

例えばTLで「この人言ってること違うなあ」と感じるツイートを発見したら、そのツイートに対してツイートしたくなる(なるだけで実際はしない)。

この行為はわざわざ相手の土俵に入り込んで相撲を取るということになる。

 

ツイッターに限らず、職場での人付き合いでも、

「この人気にくわないなあ」と思ったら、直接何か言うわけではないが

自分の中でずっとイライラしたりする。これは僕だけではないと思う。

このずっと他人にイライラしているのは、非常にエネルギーが奪われることが最近よく分かった。

なので、4月は何でも「許す」「肯定する」ことを徹底することにした。

 

腹たつことがあっても「こうゆう考えの人もいるしな」「人は人だ」

と思うことにした。

1ヶ月実践したのだが、確かに苛立つことはなくなったし、

何でも許せるようになってきた。

何でも受け入れてしまう方が、イライラするより実際は「楽」であることが分かった。

なぜ「楽」なのかというと、自分が「鈍感な奴」でいればいいだけだからだ。

気の知れた友人以外(職場の人、特定の環境でしか付き合いがない人)とコミュニケーションを上手く取るためには、一種の「鈍感」さが必要なのではないだろうか。

 

メイプル超合金カズレーザーさんはインタビューで、

「人の言葉の裏を取らないようにしている」と言っていた。

これは相手の発言の真意に触れようとせず、自分のアンテナをほぼ「圏外」

にすることで「楽」な方法をとるということだ。

 

継続

継続するために鈍くなるのは、コミュニケーション以外でも見られる。

僕がサラリーマンだった頃、先輩は

「土日は、月曜日から金曜日最高のパフォーマンスをするためにある」

と言っていた。

僕はこの言葉を聞いて、速攻辞めた。辞めた自分はまともじゃないと思っていた。

でもまともじゃないのは、サラリーマン達の方ではないかと最近思う。

 

冷静に考えて

「土日は、月曜日から金曜日最高のパフォーマンスをするためにある」

なんて頭がイカれているとしか思えない。

そもそも毎日週5+残業なんて、人間のキャパをとうに超えてしまっている。

 

なぜ仕事は人間の「キャパシティ」を超えてしまったのか

原始人も「労働」はしていた。皆まともだったと思う。

ただその中で一人「まともじゃない原始人」がいた。

その「まともじゃない原始人」はとても卑しい奴だ。

村の原始人達はしばしば「狩り=労働」に出た。

イノシシを捕獲し、食事を待つ村の人々の元に帰り、イノシシをさばく。

さばいたイノシシを調理し、木で出来たテーブルの上に乱雑にばら撒き、

村人たちがそこに群がり食う。それが彼らの日常だった。

 

いつも通りイノシシをさばき、乱雑にテーブルの上にばら撒こうとした時

卑しい原始人が言った

「ちょっと待てお前ら!!!これ綺麗に盛り付けた方がうまそうじゃね?」

そして卑しい原始人は、さばいたイノシシを綺麗に盛り付け、最後にはイノシシの鼻をテーブルの端に添えるようなことまでした。

仲間の原始人達は無意味だと思ったが、実際は違った。

村の女達は「おお!!なんかいつもよりバカ美味そう!!!」

村長(社長)も「盛り付けって変わるな。」と言った。

それからは、「まともな原始人達」も盛り付けることに納得はしていない(意味が分かっていない)が、村長からの評価を得るために「盛り付け」をするようになった。

いつもの工程作業に、さらに一つの作業がプラスされたのだ。

その後原始人達は、「村長に認められたい!!」「あいつに負けたくない!!」という思いで、イノシシの骨からフォークみたいなものを作ったり、

中には、イノシシの皮を前掛けにして村長に贈呈するものもいた。

気に入った村長は、フォーク作りや前掛け作りを「習慣化」する。

労働が増えていく。

まともだった原始人は、狩りの帰り道、

売店で、エメラルドマントヒヒ(働く原始人の中では、「エメマン」と言われていた)の血が入った170グラムの飲み物を飲んでいた。

一人のまともだった原始人が言った

「今日も残業か」

 

これが現代まで続き、労働が今こうしている間にもなお、膨らみ続けていると僕は勝手に思っている。

 

継続part.2

話は戻る。原始人をいつまでも憎んでも仕方がない。

普通会社に入ったら、なかなか辞めるという決断には至れないと思う。

(これは会社を辞めた僕が凄いだろ〜とかそうゆうことじゃない。先のことを何も考えていないだけだ。そのおかげで、現在はコンビニ店員、部屋にテレビも電子レンジもない。納得はしてるからいいけど。)

 

中々辞めれない状況の中で、適応するには自分が鈍くなるしかない。

新卒1年目がきついと言われるのは、「まとも」だからなのではないか。

慣れてくるというのは、自分の中のアンテナの電波を1本ずつ減らしてい

ということなのではないだろうか。

 

なぜクソみたいな上司が生まれてしまうのか

「クソみたいな上司」は、最初から「クソみたいな新卒」だったとは僕には思えない。

麻痺をしないと継続できない「労働」に触れる前だからだ。会社に入るまで現代の大学生と変わらず、楽しいキャンパスをライフを送る無垢な少年、少女だったはずだ。

 

敵意と親近感は表裏一体らしい。

人間には「反動形成」というものがあり、受け入れ難い感情に対して、その反対の感情を意識的に支持することによって無意識の防衛をおこなう。

「反動形成」が如実に出た事件がある。ストックホルムで起きた銀行強盗事件では、数人の銀行員が人質として6日間銀行の金庫に監禁された、犠牲者たちが次第に犯人の協力者として、外部からの救助を拒絶する振る舞いをしはじめたのだ。事態が収まったとき、犠牲者は犯人をかばったらしい。

 

同じことが会社でも言える気がした。

数人の新卒が人質として定年退職まで会社に監禁された、新卒たちが次第に会社の協力者として、外部からの救助(友人からの、会社やめたほうがいいんじゃね?)を拒絶する振る舞いをしはじめたのだ。

「無垢な新卒」がいつの間にか、新卒の頃嫌がっていた「濁ったベテラン」みたいになってしまうのは、

自分を守るために(働き続けるために)、自分を脅かす会社の考えたをなぞったり、属性を装ったり、攻撃性を真似たりすることによって、脅かされる側から、脅かす側にいつの日か変わってしまうからではないだろうか。

 

っていう考えが生まれてしまったせいで、僕は全員がモンスターにも見えたし

自分もそうなることが容易に想像できた。

1番きつかったのが、食堂でご飯を食べる時。

モンスター達が「さらに働くため」という同一の目的で

同じようなご飯を、同じ時間に食べているのが気持ち悪かった。

皆、原始人が作った、箸やフォークでイノシシを食べているように思えた。

 

まとめ

今回、僕がここに書いたことはかなり極端だし、

アンテナバリ3のまま働いている人(よりしんどい)も多くいると思う。

そうゆう人が、皆が良い上司と感じる人だし、大金を掴んでいるのかもしれない。

鈍感になるというのは、決して悪いことではないと思う。

バリ3にできたり、圏外にできたり、自ら使い分けができるのが良いのではないかと思う。

鈍感な人間はしばしば人を傷つける。敏感な人間は、他人の感情がわかるので

他人に対して「率直」さに欠ける。

鈍感でいるときも、自分に対しては常に率直かつ、敏感でありたいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

注意の刃物

なんだその言い方

僕はコンビニで働いている。

50歳後半くらいのおばさんがいるのだけど、この人の「言い方」が

気になる。

この人は「〜〜〜なので。」で会話のピリオドを打つ、珍しい人だ。

例えば、人に注意するとき

「これは違うので、〇〇してください。」ではなく

「これは違うので。」という。

「〇〇してください」という省略された部分を理解するには、

こちら側の寄り添いが必要になってくる。

多分おばさん的には、注意することに気まずさを感じている。

「〇〇してください」という1番「注意」が強いとこをフワっとさせたいのだと思う。

気持ちは分かるが、どうせなら最後まで注意されたい。

 

注意までの「導入」「起承転」までやってくれるのだが、

「結末」と「結」はこちら側で導くことになる。

これは他人に注意されるより言われるより、遥かにしんどい。

注意という名の刃物を僕に向け、「ここに刃があるので。。。。」

と言われる。あとは向けられた刃物に自ら進んで、刺されに行かなければならない。

他人に刺されるより、ずっと痛い。

 

その言い方腹たつので。。。

今日はそんなおばさんの口癖が炸裂した日であった。

「落合君。プチレーズンパンと豆パンは違うので。。。。」

と言われた。僕は何のことか分からなかったが、ひとまずおばさんに

向けられた刃物に飛び込み、血だらけになりながら、すぐに「すみません」と言った。

恐らく、

パンを並べていた時、僕は間違って「プチレーズンパン」を「豆パン」の列においてしまったのだ。

ひとまず謝ったしいいや、と思っていたのだが

 

時間が経過するにつれ、自分の中の小さな「え?」が沸きまくってきた。

そもそも「プチレーズンパンを豆パンの列に並べていたよ」と言えば済む話なんじゃないか?

てか、「プチレーズンパン」と、「豆パン」が違うことくらい俺は知ってるよ。

「プチレーズンパンと豆パンは違うので」という刃物は、パンの違いが分からない人に向けるものではないの。

例えば犬を陳列する仕事があって、

今回の僕のミスは、トイプードルを陳列するところに柴犬を並べてしまっただけ。

でもおばさんは

「猫と犬は違うので。。。。。」

と言ってきた。

 

飛び込む方も上手くなる

「プチレーズンパンと豆パンは違うので。。。」と言われた時に

もし仮に、「お前を殺して俺も死ぬ」みたいな気持ちで

「それは知っているので。。。」

と僕も刃物を向けたらどうなるのだろう。

お互いに刃物を向けたまま、長い緊張状態が続くのかしら。

そう思うとだるいから、僕は今後もガンガン向けられた刃に飛び込んでいく。

 

でも勘違いしないでほしい。いつだって一方的ではない。

あっちが、刃物を向け相手に自傷行為を誘導するプロなら

こっちは、向けられた刃に飛び込むプロ。スタントマンだ。

 

先日おばさんに「落合くん!」と呼ばれた。

何を注意されるのか分かっていた。

その瞬間「〇〇のことですよね?すみません、今度からは〇〇を△△

するようにします!!」と言った。

つまりは、おばさんが注意の刃物をこちらに向ける前に

僕は自らの懐から刃物を取り出し、それを地面に突き立て、

目の前でダイナミックに血しぶきを上げながら飛び込んでやったのだ。

 

飛び込む方も上手くなるので。。。

 

「3」という数字に縛られている話

僕は中学生の頃から「3」という数字にかなり囚われている。

学生の頃から悩みが絶えなかった。

「今日、ああいう言い方しちゃったけど、嫌われたかな?」

「俺、教室を変な空気にしたかな」

「みんな実は俺のことを嫌いなのではないか?」

等々根拠のない不安と、ずっと戦っていた。

これではラチがあかないということで、

僕は「悩みを考えるのは3回まで」と決めた。

1回目の「悩みを考えるタイム」は学校に行く前、2回目は帰宅後

3回目は「お風呂」

悩みを考えるタイムの終了のお知らせは、自分の後頭部をおもいっきし

叩く。頭の中から外へ、悩みを飛び出させるというイメージだ。

 

最近知ったのだが、この方法は案外間違っていなく、昔読んだ心理学の本に

思考とは「癖」で切り替えるには「きっかけ」を与えることが必要だと書いてあった。

野球選手が靴紐を結んで、試合モードに切り替えたりするのと同じだ。

イチローが毎日カレーを食べる「癖付け」のようなものなのかもしれないが、

生憎中学生の僕には365日分のカレールーを持ち合わせていなく

自分の後頭部をぶっ叩くことしか出来なかった。

一度、頭の前の部分を叩いたところ、「悩み」が頭の中に突き刺さって

永遠と悩まなければならない気がしたので、後頭部から叩くことにした。

 

やり続けていると、案外うまくいってかなり一日が楽になった。

 

「3」の名残

「3」という数字が脳にこびりついてしまったことで、今もそれが落ちない。

未だに悩みを考えていいのは3回まで。「4」という数字にかなりマイナスなイメージを持っているので、4回目の「悩みを考えるタイム」にはどうやったって突入できないのも、よくできている。と、中学時代の「僕」に感心した。

 

一番「3」に頭を侵されていた頃

この頃は、統合失調症らしき兆候が見られていたので、僕は余計「3」に侵された。

統合失調症の頃の話はこちらで。↓↓↓比較的ポップにまとめてます。)

ochiainowife.hatenablog.com

 

鍵を閉めたか確認していいのも3回まで。

ガスの元栓を3回まで。

何もかも3回まで。

「癖」とは恐ろしいもので、大学生時代は何をやるのも「3回」やらないと

気が済まなくなってきた。

2回鍵が閉まっているのを確認しても、3回鍵が閉まっているのを確認しないと、鍵が閉まっていないと思っていた。

何もかも「3回」やっていたので、外出しようと決めてから

①「二階のロフト、リビング、トイレ、風呂の電気の確認✖︎3セット」

②「ガスの確認✖︎3セット」

③「鍵の確認✖︎3セット」

をしなければならいので15分はかかった。

1番僕が嫌っだのは、やっとの思いで外に出ることができ、

鍵の確認に入る時、3回目のチェックで

「本当に閉まっている?」という疑念が生まれしまう、時である。

これが起きてしまうと僕はとても困ってしまう。

「4回目」の鍵の確認はできないからである。

そこで僕が今まで培ってきた、「癖」のコンボが発動する。

 

「4回目の鍵チェックが生まれてしまう」

「悩み」となる

後頭部を叩いてリセット

①「二階のロフト、リビング、トイレ、風呂の電気の確認✖︎3セット」へ戻る

②「ガスの確認✖︎3セット」

③「鍵の確認✖︎3セット」を失敗

「4回目の鍵チェックが生まれてしまう」

「悩み」となる

後頭部を叩いてリセット

①「二階のロフト、リビング、トイレ、風呂の電気の確認✖︎3セット」へ戻る

②「ガスの確認✖︎3セット」

③「鍵の確認✖︎3セット」を成功

外出成功!!!!

 

と言ったアルゴリズムで無事外出することが出来ていたのである。

 

助けてくれる時もある「3」 

「3」が助けてくれる時もある。

僕は考えてはいけないことを、考えたくなる癖があり(皆あると思う)

それが顕著に出るのが、エロいことを考えている時である。

そんな時「3」が助けてくれる。

 

大学生の時、淫夢を見た時のこと。

夢の中で、意識ははっきりしていた。僕の上に跨り、腰を振る女がいた。

「これは夢だ。」と気づいたと同時に

「この快感は現実で誰かにいれられてる可能性がある」と思ったほどの

心地よさが僕を包んだ。

 

しかし顔がのっぺらぼうであった。すぐさま、自分で顔を考えなくては勿体無いと思った時、考えてはいけないことを考えたくなってきたので。

「1回目の顔チェンジ」は 男友達の顔になった。

友人が俺に腰を振りまくるもんだから、これは良く無いと

急いで

「2回目の顔チェンジ」

すると、幼い頃、僕に良くでんろく豆をくれた、母方のおばあちゃんの顔になってしまった。やっば!!

チャンスはあと、1回。3回目で美女の顔に!!

だけど、変な顔も考えたい!!うわ!!!フィニッシュしてしまう!!

母方のおばあちゃんの顔ではイケない!!とにかく顔を変えなくては!!

 

と「3回目の顔チェンジ」で腰を振る女体の顔は僕の顔になり

そのまま夢精してしまったのだ。

 

3回切り替えるという「癖」がなかったら、危うく、

1番夢精してはイケない人で、夢精してしまうところだったのだ。

父方ならまだしも。

 

今も「3」の癖は多少あるが、だいぶマシになったと思う。

 

〜終わり〜

〜終わり〜

〜終わり〜

 

写真で振り返る、2か月で脱サラするまでと、それからの地獄。(地獄の短期バイトプラカード持ち)

前回は無職絶頂編を書きました。

ochiainowife.hatenablog.com

 

突然訪れた地獄

無職になってから、ひたすら遊びまくった。

お金の事は考えていなかった。いつか働くから、絶対無くならないかと思っていた。

異変に気づいたのはご飯と体重。みるみるうちに激やせしていった。

社会人の頃と生活の質の比較ができる、いい写真がフォルダにあった。

同じ素材なので非常に分かりやすい。

 

これが社会人の頃のご飯。

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これが無職のご飯。

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まあこうゆうことです。

 

派遣。

流石の僕も派遣バイトに行くことにした。

明日の生活が保障できなくなってきたためだ。

普通にバイトを始めたとしても、給料が入るのは入社してから一ヶ月後。それでは遅い。働くだけ働いて、給料日にはこの世にいないかもしれない。

なので3日後には給料をもらえる派遣バイトを選んだ。

 

選んだ派遣のバイトは面接なし、現地集合のプラカード持ちのバイト。

ひたすら不動産のプラカードを8時間持つバイト。

 

忘れもしない屈辱の初プラカード持ち

初日は、二子玉川でのプラカード持ちであった。

集合場所にはおっさんが一人いた。気さくな感じで、ずっとヘラヘラしているおっさんだ。

集合場所に派遣会社の人がいるという話だったが、姿を見せず

プラカードをまず、バスに乗って不動産会社に取りに行けと言われた。

バスで20分、そこから歩いて15分のところに不動産会社はあった。

この往復のバス代は出ない。

場所が分からなかったため、少し遅刻してしまった。

おっさんは「さ、じゃプラカード持ってこよっか」と僕に言い放ち

そこから動こうとしない。

結果、僕だけが不動産会社に怒鳴り散らされた。

ちなみに二日目も、このおっさんと同じだったが、この人は肝心なところは全部俺にやらせようとした。

2日目は僕から「プラカード持ってきてもらっていいですか?」

というと

おっさんは「うん、そうしよう」

と言って、お互いその場から5分は動かなかった。結局僕が取りに行った。

 

驚きだったのは、プラカードのサイズである。木製で2メートルくらいあり、とても重かった。このプラカードを持ちながら15分歩きバス停に戻り、

運転手と二子玉川に向かうエセ貴婦人に、めちゃくちゃ嫌な顔をされながらバスに乗るのだ。

土曜日なのに、プラカード持ってスーツ着て、おっさんと二人で

道行く人全員に「可哀想」と思われている気がした。可哀想と思われるくらいなら、いっそ笑い飛ばして欲しかった。

俺とおっさんがバスに乗ると、車内の空気が一瞬重くなるのを感じた。

変な人がいきなり電車に乗ってきた時、車内全員が出すあの空気感の10分の1くらいのやつだ。その原因が自分であることにびっくりした。

 

敷地内と敷地外

二子玉川でデパート前でひたすらプラカードを持つ。

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親は良いスーツを着ろと、金がない中、高いスーツを買ってくれた。

親に会社を辞めたことは言えていない。

良いスーツでプラカードを持つことが切なくなってきた。

この時はもう精神的にかなりやられていたから、ネガティブなことしか

頭の中に浮かばなかった。

そんな中、急に土砂降りの雨が降ってきた。

おっさんは慣れた手つきで、カッパをリュックから取り出し、即着用していた。

僕のスーツがびちょびちょに濡れていった。

おっさんはびちょびちょになる俺に一言、「休憩入るわ」といってどこかに消えていった。

 

デパートの敷地には絶対に入ってはいけないと、僕は不動産に言われていた。

僕はデパートの目の前に立っていた。

急な雨だったので、僕のすぐ後ろに、二子玉川で日常をお過ごしの方達が雨宿りをしていた。

一歩でも後ろに下がれば、僕は雨に打たれず済んだのにそれをしてはいけなかった。

一歩後ろで、20人くらいの人達が雨宿りをしながら僕を見ていた。

「可哀想」

という声が聞こえて、心が折れそうになった。

「どこが可哀想なんだよ。これお金もらえてますから!!!!」と怒鳴りつけたくなった。

恥ずかしくてたまらなくて、あの日のことはもう忘れやしないだろう。

あのデパートの敷地内と敷地外の差は、雨に濡れている濡れていない、

以外のことでも、あらゆることを表していた。

 

 

帰り道

帰り道、バスの中でおっさんと話をしていた。

僕だけびしょびしょだったから、とっても寒かった。

おっさんは僕に何でこんなところで働いているのか尋ねた。

「芸人を目指していて、今はお金がない。今日食べる金がない」

と言ったら

「いいねえ!!若くて!!夢あって!!!」とその日イチバンの笑顔を見せた。

おっさんは蜜の味が好きらしい。

 

おっさんは帰り道ボソッと

「お金がない時は寝てるのがいいよ。金かかんないから」と僕にいった。

後日派遣会社の人から聞いたのだが、そのおっさんは派遣会社をクビになったらしい。

おっさん寝てんのかな。起きた方がいいぞ。

俺もおっさんも時間がないだろ

 

 

サラダを取り分けるより、ブチまけろ。

気がないから取り分ける

サラダを取り分けるという行為は、以前までは「気が利く女性」の代名詞であったが、最近では代名詞すぎて「サラダを取り分ける行為」そのものにさりげなさが無くなってしまったと思う。

 

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本当に無意識に取り分けたとしても、「うわっ。アピールきっつ」と僕は感じてしまうだろう。

そこまでくると、無意識に取り分けてしまう女性に腹が立ってくる。

だから僕は、意識的にサラダを取り分けない女性の方が好きだ。

 

意識的に気が利かない気遣い

先日バイト先で上司と後輩がレジに来た。

上司が後輩の飲み物を買うらしい。僕は、会計を済ませ品物を後輩に渡そうとした。

後輩が持つのが当然だからだ。

しかしこれは、「サラダを取り分ける行為」なのではないかと思った。

後輩が前に出るチャンスを俺が削ってしまっているのではないかと。

僕は敢えて、上司に品物を渡した。

そうすると、後輩がそれを遮り、「僕が持ちます。」と先輩にアピールできたのだ。

僕はサラダを取り分けるどころか、サラダを地面にぶちまけ周囲の女子達に

「私が拾います。」と言わせ、奥手な女子達にアピールする「場」を提供するレベルのことが出来たのだ。

 

バレてる

アピールというのは、根本が卑しい。だからそれを隠さなければいけない。

この前女友達から聞いた話がある。

「先輩とご飯に行った時の会計時、その先輩が「ごめん!みんな100円払って」

と言って後輩達に100円払わし、残りは全部先輩が支払った」

というエピソードだ。

その女友達は、それがカッコ良かったと言っていた。

勘弁して欲しいものである。

僕は、「今日はおごるからいいよ」と言ってくれた方がありがたいと感じる。

会計が5000円だとして、

「自分が気を使わわなくていいように、私に100円払わしてくれた。でも4900円は先輩が払ったんだ。ありがとうございます。」と思う。

根本がバレてる。

先輩の「俺は気が利くでSHOW」に100円の観覧料を払っているようなもんだ。

なんなら、最初におごるって言ってくれたら、もっと頼んだわと損した気持ちになる。

 

でも各々好きにしたらいいと思う。

書くことがないから、無理に目線入れてるだけだし。

僕は敢えて目線を入れてる事をバレたくない。

写真で振り返る、2か月で脱サラするまでと、それからの地獄。(無職絶頂篇!!)

今までの流れは、こちらからお願いします。

ochiainowife.hatenablog.com

 

会社を辞めてから

会社を辞めたのが6月30日。

引っ越して親から離れたのが、7月3日。

一人暮らしは、大学時代4年間していたから、余裕綽々。

 

引っ越しの日に※中島と木村と僕誕生会を友達にやってもらって

全てがうまくいくような気がした。

 

※中島 このPVに出てくる怖い人。ドラム。いい曲だから聞いてね。

youtu.be

※木村 カメラマン 

www.kimura-takumi.com

 

僕は手持ちのお金が結構あったし、7月にも有給分の給料が入る

予定だったので、お金には困っていなかった。

2か月は遊べるなと思った。

朝から朝までパワプロをしたり

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こんなことをしてしまうくらいはしゃいでいた。

 

あれ?やばいかも

1か月遊びまくった結果、お金がないのかもしれない感じがしてきた。

大学時代4年間一人暮らしをしていたとはいえ、奨学金などはあったし

完全な自給自足はこれが初めて。

想像外の支払いの多さに驚嘆した。

 

飯のレベルが落ちてきたので体感した。

社会人時代

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最終的には、巨大なゼリーになってしまったのだ。

質より量。量というか正確には「時間」

一回の食事でどれだけの時間をかけて食べれるか、継続時間の方が大事になってきた。

このゼリーはいっぱいあるから、いっぱいな時間食べられた。

 

バイトすっか。

家賃を滞納したので、さすがにバイトをすることにした。

成城学園セブンイレブンにバイトの面接に行った時、

「君お金ないでしょ?顔見たらわかるよ。」って言われて、危うく「魔」が差しそうになった。

結局家の近くのローソンで働くことにした。

店員はみんな、同い年だったのだが、全員社員。

「同い年なのにバイトすか?」って思われていそうで、辛かった。

 

当時ローソンで働いていた時に書いたブログを見たら、

当時の自分はこう書いていた。

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1番嫌だったのが、からあげクンを揚げている時、めっちゃお腹が空くってこと。
こっちは、何も食べれない状態。
そんな飢餓被れの奴に、唐揚げあげさせるって酷すぎる。

廃棄で時間切れを迎えた唐揚げ達を、ゴミ箱捨てる仕事を任された時があった。
ゴミ箱の前で3分間しゃがみこんで考えた時、
マジで自分はそうゆう所にいるんだって自覚して、笑っちゃった。

ゴミ箱の鍵の開け方がわからなくて、
新卒の同い年の社員さんに聞いた。社員さんは優しく教えてくれた。
僕が「ありがとうございます」
って言ったら
「これが違いですよ。」って笑いながら言われた。
僕も愛想笑いしちゃったけど、
その発言に冗談だとしても、事実が入ってるし
意図を感じた。家に帰って、愛想笑いしたことをめっちゃ後悔した。」

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そのブログのタイトルは「1週間で辞めたバイトの話」

当時このブログを書いている俺をぶん殴りたい。

「こんなに働いてたら、芸人じゃなくてローソンの人になってしまう」

とか全然違うこと言っている。目的と手段をはき違えている。

でもお金がないと、心にも余裕がなくて何も見えなくなるから仕方ない。

あと、「ここで辞めたらやばいよ!!やばいよ!!!って教えてあげたい。」

 

僕は8月から、11月1日まで冬の時代を迎えることになる。

次回は、「地獄の短期バイトプラカード持ち。」を書きます。