「リア充爆発しろ!!」って人へ「爆発のススメ」

リア充」という言葉を調べてみると、

容姿・部活(スポーツ)・学業の面で総合的に優れている者や、恋愛面において彼女がいる・女生徒と頻繁に出掛ける、そのような要素・経験が皆無な者と区別してリア充と呼称される。

リア充とみなされる行為には、ホテルスイートでのパーティー合コンクルージング屋形船海水浴クリスマスハロウィンスノボ旅行、バーベキューなどがある

 

と書いてある。こういった「リア充」に対して、「リア充爆発しろ!!」と言う人達がいる。

気持ちはよく分かる。僕もそう思っていた時期がある。

大学生時代は、女の子とほぼ話していない。

道で、横に大きく広がるサークルの奴らを「爆発しろ!!」なんて思っていたことがある。

 

でも彼らは決して爆発しない。

むしろコミュニケーション能力が高かったり、世渡りが上手いので

就職も上手くいく。

そして1番悲しいのは、「リア充」は僕らに対して「爆発しろ」と思っていないことだ。なんとも思われていない。相手にされていないんだ。

 

こんな惨めなことはない。

リア充」に一矢報いる方法はないのか。

そんなことを考えていた時、僕は閃いた。

 

僕達が「爆発」したらいいのではないかと。

リア充は「俺ら、非リア充に爆発しろとか言われてんな(笑)」

とは思っているが、

リア充」は決して「非リア充」が爆発することは予期していない。

 

遊園地でベンチに座って談話するカップルの前で

突然僕が爆発して、カップルの記憶に永遠と残りたい。

僕が粉々になる代償として、

メリーゴーランドに乗ってる時も「(爆発したの俺達のせいじゃないよな?)」

観覧車に乗る時も「(わ、私達あれとは無関係だよね?)」

彼氏が予約したお洒落なレストランでも「わ〜美味しそう!(爆発してたよね?)」

帰り道も「今日は楽しかったありがとう!!(爆発のあれは?大丈夫だよね?)」

お別れした後のラインも「家着いた!!また行こうね〜(爆)」

 

神父様「どうぞお座りください。あなたはこの女性を健康な時も病の時も富める時も貧しい時も良い時も悪い時も愛し合い敬いなぐさめ助けて変わることなく愛することを誓いますか」

新郎「はい、誓います(爆発したの俺ら関係ないもんな。たまたまだよな)」

神父様「あなたはこの男性を健康な時も病の時も富める時も貧しい時も良い時も悪い時も愛し合い敬いなぐさめ助けて変わることなく愛することを誓いますか」

 

新婦「はい、誓います(でもあの非リア充の人すっごいこっち見てたよ。)」

 

神父様「ではベールをあげてください。誓いのキスを」

 

新郎&新婦「キス(確かにあの非リア充のひと爆発する前凄いこっち見てたよな。爆発する直前なんかちょっと笑ってなかった?なんで笑ったんだろ)

 

みたいなとこまで、俺が残ってくれたらいいと思いました。

でもこんなの悲しいよね。

 

何が清潔感だよ

今日ツイッターでこんなものを見つけた。

 

匂いケアをするこれだけで【女子】のいう清潔感の一次審査を通過できるのに、やってない【男】多すぎてもったいない。

自分たちを「女子」と呼んどいて、「男子」と言わず「男」と表現するところに

こうゆうツイートしちゃう感性が、伺える訳だけど、

それは置いといて

55000人がいいねしていると思うとゾッとする。

かなり多くの人が共感している訳だから、あながち間違ってはいないのかもしれないけど、ここまでして清潔感があるとも思われたくない。

いや、思われたい。

ワックスをつけたり、美容院で髪を切ったり、髭を剃ったりはする。

でも俺は人に汚いとよく言われる。

この理論に乗っ取るとすると、多分コンシーラーを塗ってないからだと思われる。

コンシーラーなんて言葉を初めて聞いた。得体がしれない。

だけど今後はコンシーラーをつけていきたい。それも適度に。

つけすぎのコンシーラーは逆に、清潔感を削ぐと思われる。

もしかしてコンシーラー塗ってるのかな?と思わせるくらいが

言い塩梅だと思われる。

 

それにしても、清潔感を保つためには、お金がかかるっぽい。

清潔感があると思われる条件が、一つもホームレスに当てはまらないことからも

わかる。

コンシーラーが何かは分からないけど、家がない人は絶対に塗ってないことだけは確信ができる。

 

それにしても一次審査ってなんなのだろう。

二次審査、最終審査は何が求められるんだろう。

月の収入が30万以上とかだったら、絶対許さない。

 

最後に僕から、

【これだけで男子のいう清潔感の一次審査を通過できるのに、やってない女子多すぎてもったいない】を、お教えします。

・その都度その都度いる場所のキャパに合った声量で笑う

・黒髪

・学生時代働いていたバイト先に飲みに行ったツイートしない

EXILEとかに興味ない

ツイッターのプロフィールが無駄に長くない

・明らかに自分より劣っている女子との2ショットをSNSにあげない

・ダンスとかに無縁

 

以上!!!

 

 

 

博士とたける【ナイトプールが起こした革命】

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博:たける君「ナイトプール」は知ってるかね?

 

た:ナイトプールですか?聞いたことはありますけど。

それがどうかしたんですか?

 

博:ナイトプールが今、凄いことになってるんじゃ。

 

た:凄いこと?

 

博:そうなんじゃ。まずは、ナイトプールの定義から始めよう

 

【ナイトプール】

昼とは違いムード満点で、太陽も沈んでいるので、水着を着たいけど日焼けしたくない、浜辺で砂まみれになりたくないという人に人気のサマースポット。

ナイトプールの多くは普段は訪れないようなホテルのプールで実施されており、リッチな気分でプールを満喫できる。 

ほとんどが水着を持参するだけでよく、仕事あがりでもふらっと気軽に行くことができる。プールサイドでカクテルを飲んだり、DJがつなぐ音楽を楽しんだりと、教養に欠ける人々にとって、魅力は満載。

 

 

た:なるほど〜。

 

博:ナイトプールの肝は「インスタ映え」にあるんじゃ。

 これがどうゆうことか分かるかね?

 

た:ナイトプールに行く、そもそもの目的が、インスタグラムに自分の水着姿を  

 乗せることである。ということですか?

 

博:その通りじゃ。つまり、ナイトプールにはそういった価値観の女子がたくさんいるのじゃ。

 

た:そういった価値観?

 

博:自分の水着姿を見せることに抵抗感がなく、溢れ出る自己顕示欲を抑えることのできない、羞恥心の欠片のない女子を人はなんと呼ぶ?

 

た:スケベ女

 

博:そう、つまり「ナイトプール」とはスケベ女が人工的に一箇所に集められた場所なのである。

 

た:なるほど。

 

博:しかもじゃ、そもそもの目的が、「晒すこと」にあるため、女子は「自分が    

 一番可愛い状態」でナイトプールに出向くことになる。

 つまり当人達の最高点でナイトプールに臨むことになる

 

た:一般なプールや海よりも、平均点が高いということですね?

 

博:そうじゃ。

 

た:これは凄い発見ですね。

 

博:そういった価値観の女子が一箇所に集められたのが「ナイトプール」だと

 説明したが、そこあるのは「自然なおっぱい」2つじゃ。

 

た:し、しぜんなおっぱいですか?

 

博:そう。A V より、お昼の午後のロードショーでやっている訳の分からない B    

 級洋画で、ふと映るおっぱいに興奮した経験が君にはあるかい?

 

た:あります。おっぱいを目にすることを、あらかじめ予期しながら見るAVより、午後のロードショーでやる「インビジブル」などで見る、「ふいなおっぱい」に僕は興奮した経験があります!!

 

博: 映画「ナイトプール」はそれに近しいものがあるんじゃ。 夜のプールに、水着で来てくださいとだけ言われて、後は台本なんてないんじゃ。自撮りしたのはあくまでも、本人達の意思。そこに映るのは自然に撮られた「ふいなおっぱい」なのです。

 

た:なるほど。

 

博:たかし君よ。我々男子は今まで、水面下で

「プール また行きたい」「海 楽しかった」と検索し、自然なおっぱいを炙り出してきた。しかし、その時代は終わった。

 

た:な!?

 

博士: 気付いている奴は気付いている。「#ナイトプール」の関連タグが #尻フェチ #おちんちんの時点でお察しなんじゃよ。

 

た:時代はもう動き出しているのですね。

 

博:「ナイトプール」は「自然なエロ」を絞ったものを炙り出す魔法の言葉じゃ。

 「#ナイトプール」の投稿件数は現時点で113,892件。彼女達は止まることは 

 ない。

 

た:女子達に知られることのない、「男史」の歴史は今秘かに動き出したのですね。

 

博:「ナイトプール 前/後」というものか確実に今生まれたのじゃ。

 

た:とても勉強になりました。ナイトプールに行こうと思う、そういった価値観を持った女子は明らかにどスケベであること。プールに入りながらクラブミュージックを聴いて、踊るような女は偏差値が2であること。よって貞操観念が緩いということ。つまり、すぐやれ

 博:落ち着こう。たかし君。時間はまだある。

 

た:はい。

バイト先で「家族」を感じた話

今日バイト先のコンビニで、「家族」というものを見た。

 

店の入り口でおじいさんが、おばあさんに

「お〜いこっちに飲むヨーグルトあるぞ〜」

と言ったら

おばあさんが娘に

「こっちに飲むヨーグルトあるって」

と言って

娘が息子に

「飲むヨーグルトこっちあるわよ〜〜〜〜」

って言って

 

息子が「飲むヨーグルト」を手にとって

僕の待つレジで会計を済ました。

 

バルサみたいなパス回しから、息子のレジゴール。

拍手しそうになった。

 

家族が原始的な伝言ゲームをしていて、「一族」を感じた。

 

 

バイト先の客の話

バイト先のコンビニに、同い年(23)くらいのギャルとその子供が来た。

コンビニにあるおもちゃを欲しがった子供に

ギャルママは「買わないよ!!」と、コンビニのキャパ以上の声を出して子供を叱った。

襟足を伸ばされた子供は「クソ野郎!!」と言った。

夫婦間の口喧嘩から、学んだ言葉なのだなと察知して切なくなった。

 

それでも「欲しい」が止まらない子供に対して、ギャルママは

「メルカリで買ってあげるから!!!!!」と怒鳴り散らした。

店内で剥きだしになった生活感、「無計画」という言葉が店内を覆い尽くして

その場にいた全員が切なくなった。

 

少年は、メルカリの実績を過去に感じたことがあるらしく

おとなしくなった。

 

親子が僕のレジに並んだ。

少年は僕の顔を見た瞬間、母親からの遺伝かとても大きな声で

「ママ!!!この人偉そう!!!!!」と言った。

店員や客が一斉に僕を見た。全員が僕の「対応力」をその場ではかろうとしたのが分かった。

僕は、子供の率直さが苦手だし、その率直さが割と的を射ていることを知っている。どうしていいか分からず

「ごめんね」と言った。

子供は「ママ!!!この人偉そう!!!!!」と言い続けた。

ママは僕が困っていることに気がついたのか、

「この人本当に偉い人なのかもしれないよ。」と言った。

フォローの仕方が独特だ。

「僕は偉くなんかないよ。偉そうにしているというのは、確かに的を射ているよ」

と少年に言った。

少年は

「でもママ僕はこの人が大好きなんだ!!!」

と言った。

 

俺はこの家族が幸せになればいいと思った。

 

 

 

女の子に言われた忘れられない一言。

ふと昨日思い出したことがある。

高校の頃のこと。

 

自転車を漕ぎながらの帰り道、隣のクラスの女の子と偶然遭遇した。

その女の子とは話したことがあまりなく、面識がある程度だった。

遭遇してしまったからと言って逃げる訳にもいかず、

流れで家まで送ることになった。

 

その後、帰り道が同じになるたび、家まで送ることになった。

女の子の家は僕の自宅からも、学校からもとても遠かった。

それは別に問題ではなかったのだが、一番の悩みの種は

その距離を埋めるための会話の尺がないということだった。

 

二人の共通の話題は、「学校で嫌われている先生」のことだった。僕もその子も、その先生が苦手だった。僕もその子もと言うか、クラス全員が嫌っていた。

何気ない会話が終了してしまうのは、決まって彼女の家まで残り半分くらいのところにある、長めに待たされる横断歩道である。

自転車を漕いでいると、適当な言葉が出るのに、長めに待たされる横断歩道の前では

脳にブレーキがかかり、言葉が全く出なくなってしまう。

 

そこで毎回していたのが、「学校で嫌われている先生」の話題である。

最初はその子も、「わかる。〇〇先生のそこが私も嫌い!!」

等の相槌を打ってくれていた。

人の嫌なところを見つけるのが大の得意である僕は、彼女のリアクションも良いし、

話も続くし、内心ほっとしていた。

 

それから一緒に帰ることが多くなり、僕が憂鬱になってきた頃、

またいつも通り、横断歩道辺りで何気ない会話に限界がきたので、

先生の悪口を言うことにした。

 

もうこの頃には、先生の嫌いなところが、これ以上ないというところまで僕は悪口を言っていた。先生のあらゆる面を掘りすぎて、良いところを見つけてしまいそうなくらいに。

彼女を家まで送り、自宅まで帰る道で、もうこの先生をこれ以上嫌いになれないかもしれない。そうなったら、もう彼女との会話は続かないなと不安になっていた。

 

僕は無理矢理、彼女との会話を継続するためだけに

もうこれ以上掘っても出てこないはずの、悪口を言い続けた。

「〇〇先生のご飯食べてる姿なんかムカつかない?」

「立ち姿がもうないよね」

「数学顔なのに国語教えるなよって感じだよね」

誰がどう見ても限界だし、僕も限界だとわかっていた。

先生の悪口を言うたびに僕は自分に

「別によくね?」と相槌を打っていた。

 

彼女の相槌はもっと辛辣だった。

 

「私、、、人の悪口言う人苦手なの。」

 

と言った。

僕は「え??」と思った。

(いや、これはその、会話を続かせるために、俺なりに、俺も本当はその先生のことそんな嫌いなわけじゃ、)等の言い訳が一気に頭を駆け巡ったけど

それを説明するには、彼女の家がもっと遠くにある必要があったので

僕は

「ごめん」

とだけ言った。

それから彼女の家までの道のりの記憶はない。

「え?」で頭が一杯になってしまったからだ。

 

それ以降僕は、帰る時間をずらして

二度と帰り道が同じにならないようにした。

 

「私、、、人の悪口言う人苦手なの。」

って言われた瞬間の、景色とか、匂いとか、その時の感情が鮮明に

記憶に残っている。

それほど、自分にとって衝撃的なことだったのかもしれない。

 

たまに思い出してはブルーになる話でした。

 

「継続」と「鈍感」(何故無垢な新卒が、次第に嫌な上司になってしまうのか)

圏外

僕は、苦手としている人ほど無視できないことがある。

相手の土俵にわざわざ入り込み戦いたくなるのだ。

例えばTLで「この人言ってること違うなあ」と感じるツイートを発見したら、そのツイートに対してツイートしたくなる(なるだけで実際はしない)。

この行為はわざわざ相手の土俵に入り込んで相撲を取るということになる。

 

ツイッターに限らず、職場での人付き合いでも、

「この人気にくわないなあ」と思ったら、直接何か言うわけではないが

自分の中でずっとイライラしたりする。これは僕だけではないと思う。

このずっと他人にイライラしているのは、非常にエネルギーが奪われることが最近よく分かった。

なので、4月は何でも「許す」「肯定する」ことを徹底することにした。

 

腹たつことがあっても「こうゆう考えの人もいるしな」「人は人だ」

と思うことにした。

1ヶ月実践したのだが、確かに苛立つことはなくなったし、

何でも許せるようになってきた。

何でも受け入れてしまう方が、イライラするより実際は「楽」であることが分かった。

なぜ「楽」なのかというと、自分が「鈍感な奴」でいればいいだけだからだ。

気の知れた友人以外(職場の人、特定の環境でしか付き合いがない人)とコミュニケーションを上手く取るためには、一種の「鈍感」さが必要なのではないだろうか。

 

メイプル超合金カズレーザーさんはインタビューで、

「人の言葉の裏を取らないようにしている」と言っていた。

これは相手の発言の真意に触れようとせず、自分のアンテナをほぼ「圏外」

にすることで「楽」な方法をとるということだ。

 

継続

継続するために鈍くなるのは、コミュニケーション以外でも見られる。

僕がサラリーマンだった頃、先輩は

「土日は、月曜日から金曜日最高のパフォーマンスをするためにある」

と言っていた。

僕はこの言葉を聞いて、速攻辞めた。辞めた自分はまともじゃないと思っていた。

でもまともじゃないのは、サラリーマン達の方ではないかと最近思う。

 

冷静に考えて

「土日は、月曜日から金曜日最高のパフォーマンスをするためにある」

なんて頭がイカれているとしか思えない。

そもそも毎日週5+残業なんて、人間のキャパをとうに超えてしまっている。

 

なぜ仕事は人間の「キャパシティ」を超えてしまったのか

原始人も「労働」はしていた。皆まともだったと思う。

ただその中で一人「まともじゃない原始人」がいた。

その「まともじゃない原始人」はとても卑しい奴だ。

村の原始人達はしばしば「狩り=労働」に出た。

イノシシを捕獲し、食事を待つ村の人々の元に帰り、イノシシをさばく。

さばいたイノシシを調理し、木で出来たテーブルの上に乱雑にばら撒き、

村人たちがそこに群がり食う。それが彼らの日常だった。

 

いつも通りイノシシをさばき、乱雑にテーブルの上にばら撒こうとした時

卑しい原始人が言った

「ちょっと待てお前ら!!!これ綺麗に盛り付けた方がうまそうじゃね?」

そして卑しい原始人は、さばいたイノシシを綺麗に盛り付け、最後にはイノシシの鼻をテーブルの端に添えるようなことまでした。

仲間の原始人達は無意味だと思ったが、実際は違った。

村の女達は「おお!!なんかいつもよりバカ美味そう!!!」

村長(社長)も「盛り付けって変わるな。」と言った。

それからは、「まともな原始人達」も盛り付けることに納得はしていない(意味が分かっていない)が、村長からの評価を得るために「盛り付け」をするようになった。

いつもの工程作業に、さらに一つの作業がプラスされたのだ。

その後原始人達は、「村長に認められたい!!」「あいつに負けたくない!!」という思いで、イノシシの骨からフォークみたいなものを作ったり、

中には、イノシシの皮を前掛けにして村長に贈呈するものもいた。

気に入った村長は、フォーク作りや前掛け作りを「習慣化」する。

労働が増えていく。

まともだった原始人は、狩りの帰り道、

売店で、エメラルドマントヒヒ(働く原始人の中では、「エメマン」と言われていた)の血が入った170グラムの飲み物を飲んでいた。

一人のまともだった原始人が言った

「今日も残業か」

 

これが現代まで続き、労働が今こうしている間にもなお、膨らみ続けていると僕は勝手に思っている。

 

継続part.2

話は戻る。原始人をいつまでも憎んでも仕方がない。

普通会社に入ったら、なかなか辞めるという決断には至れないと思う。

(これは会社を辞めた僕が凄いだろ〜とかそうゆうことじゃない。先のことを何も考えていないだけだ。そのおかげで、現在はコンビニ店員、部屋にテレビも電子レンジもない。納得はしてるからいいけど。)

 

中々辞めれない状況の中で、適応するには自分が鈍くなるしかない。

新卒1年目がきついと言われるのは、「まとも」だからなのではないか。

慣れてくるというのは、自分の中のアンテナの電波を1本ずつ減らしてい

ということなのではないだろうか。

 

なぜクソみたいな上司が生まれてしまうのか

「クソみたいな上司」は、最初から「クソみたいな新卒」だったとは僕には思えない。

麻痺をしないと継続できない「労働」に触れる前だからだ。会社に入るまで現代の大学生と変わらず、楽しいキャンパスをライフを送る無垢な少年、少女だったはずだ。

 

敵意と親近感は表裏一体らしい。

人間には「反動形成」というものがあり、受け入れ難い感情に対して、その反対の感情を意識的に支持することによって無意識の防衛をおこなう。

「反動形成」が如実に出た事件がある。ストックホルムで起きた銀行強盗事件では、数人の銀行員が人質として6日間銀行の金庫に監禁された、犠牲者たちが次第に犯人の協力者として、外部からの救助を拒絶する振る舞いをしはじめたのだ。事態が収まったとき、犠牲者は犯人をかばったらしい。

 

同じことが会社でも言える気がした。

数人の新卒が人質として定年退職まで会社に監禁された、新卒たちが次第に会社の協力者として、外部からの救助(友人からの、会社やめたほうがいいんじゃね?)を拒絶する振る舞いをしはじめたのだ。

「無垢な新卒」がいつの間にか、新卒の頃嫌がっていた「濁ったベテラン」みたいになってしまうのは、

自分を守るために(働き続けるために)、自分を脅かす会社の考えたをなぞったり、属性を装ったり、攻撃性を真似たりすることによって、脅かされる側から、脅かす側にいつの日か変わってしまうからではないだろうか。

 

っていう考えが生まれてしまったせいで、僕は全員がモンスターにも見えたし

自分もそうなることが容易に想像できた。

1番きつかったのが、食堂でご飯を食べる時。

モンスター達が「さらに働くため」という同一の目的で

同じようなご飯を、同じ時間に食べているのが気持ち悪かった。

皆、原始人が作った、箸やフォークでイノシシを食べているように思えた。

 

まとめ

今回、僕がここに書いたことはかなり極端だし、

アンテナバリ3のまま働いている人(よりしんどい)も多くいると思う。

そうゆう人が、皆が良い上司と感じる人だし、大金を掴んでいるのかもしれない。

鈍感になるというのは、決して悪いことではないと思う。

バリ3にできたり、圏外にできたり、自ら使い分けができるのが良いのではないかと思う。

鈍感な人間はしばしば人を傷つける。敏感な人間は、他人の感情がわかるので

他人に対して「率直」さに欠ける。

鈍感でいるときも、自分に対しては常に率直かつ、敏感でありたいと思った。